東京高等裁判所 昭和26年(う)5339号 判決
原判決が「被告人は昭和二十一年二月一日小田原区裁判所に於て窃盜罪により懲役一年に処せられ、当時右刑の執行を終つたもの」と説示し、被告人の本件犯行に対し再犯の加重をしていること及び原判決に引用している証拠によつては被告人の右前科が昭和二十一年二月一日の判決に基くかどうかを判然たらしめるものがないことはその通りである。しかし再犯の加重をするに当つて被告人の前科日時が何日であるかということは必要欠くべからざる要件ではなく、被告人に懲役刑の前科があつてその執行を終つて五年内に更に罪を犯し懲役刑に処すべき場合であることが必要であり且これで足りるのである。何年何月どこそこの裁判所で或る罪によつて懲役刑に処せられた旨判決に記載するのは通例これによつて右前科の刑の執行を終つて後再犯時まで五年を経過していないことが簡単にしかも明確にされるからに過ぎない。而して本件に於ては被告人の前科が昭和二十一年二月一日の判決に基くとの証拠は存しないといつても被告人は原審公判廷に於て昭和二十一年小田原区裁判所に於て米を盜んだことで懲役一年の刑を受け約六ケ月新潟刑務所に服役した後同年七月初旬仮出所した旨供述しているところであり、原審はこれを証拠としていること明白であるから、これによつて被告人が前記懲役刑の執行を終えてから再犯たる本件の犯行時即ち昭和二十六年七月十一日迄には未だ満五年を経過していないことが認められるから原審がこの事実に基いて被告人の犯行について刑法第五十七条を適用し再犯の加重をしたことは少しも不当ではない。被告人の司法警察員に対する供述調書には右前科が昭和十九年末であるかのように記載されているのであるが、原審はこれを証拠としていないのであるから前科の点の証拠が法廷の供述のみではあるけれど所論のように曖昧であるとはいえない。又所論は証拠調を経ていない「身上取調書」が本件記録に編綴されていることからして被告人の前科を右「身上取調書」により認定したとの前提の下に訴訟手続の違背があると立論してあるが、原判決は右「身上取調書」を証拠に供してはいないのであつて、果して所論のように「身上取調書」により前科を認定したとは断定し得られないのみならず、被告人の前科が昭和二十一年二月一日のそれであるということは本件に於ては再犯加重をするについて影響のないところであるから所論は失当であるといわねばならない。